今朝の新聞訃報で,茂山忠三郎さん(以下,敬称略)の逝去を知った。ここ最近,老齢のためか体調がすぐれなかったようで,しばしば代役も立てられていた。昨年か一昨年か忘れたが,夏の能楽座で小舞「傘」だったと思うが,その舞台を観たときも,足腰の弱りが顕著でちょっと寂しい思いをしたことを憶えている。そういう意味では,昨年の片山慶次郎さん同様,覚悟をしていなかったというわけではない。
でも,やはり淋しい。あの,おおらかでほっこりしていて,いい意味で鷹揚な舞台ぶりは,千作や故・千之丞,萬や万作,東次郎や故・則直などの個性とはまた違って,強烈な印象だった。しかも,「ゆるい」のとはまったく違う。むしろ,そんな「ゆるさ」はまったくなかった。
そうそう数を観たわけではないから,記憶に残っているのも僅かなものだが,最初に印象に残っているのは大槻での『盆山』。まぁ,何というかしょーもないあらすじの作品だが,友人の家に盆栽を盗みに入ったところがすぐにばれて,隠れてみたもののバレバレ,友人はからかってやろうと「そこに隠れているのは,犬か」「猿か」と言うので,鳴きまねをするのだが,最後には「鯛か」と言われて「タイ!タイ!!」と訳のわからない鳴き声を出して,結局追い回されるというそのいじられっぷり,追い回されっぷりが何とも愉快。
その一方で,千之丞・千五郎と共演した『太刀奪』での鷹揚とした雰囲気を醸し出しながらも,ピッと引き締まった舞台振りとか,茂山宗彦と勤めた『舟船』では「舟やーい」と川の向こう岸に掛ける声の暢びの佳さ,そして小手先で笑いを取らないのに何とも愉快で,しかも最後に太郎冠者に「しさりおれ」と言うところの厳しさを内に含んだセリフとか。
あるいは,どの曲とは憶えていないが,間語リでの朗々として口跡明瞭さ。
千作・千之丞兄弟に隠れて,あまり目立つ人ではなかったけれども,確実に名人の一人だったと思う。難しいだろうな…とは思っていたけれども,今年の忠三郎狂言会での千作との『舟船』は観たかったなぁ。
こういう雰囲気を醸し出せる人が,この先出てくることがあるんだろうか。
楽しい舞台をありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。
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